物理学と人工知能技術 -- Tensor Network の機械学習への応用

アボガドロ定数 6.022 x 10^23は、1モルの物質の中に含まれる原子・分子の数で、物質によらず一定である。(1モルの定義は、今は、炭素12 12gをさすらしい。知らなかった) 一兆が、10^12だから、10g程度の小さな物質でも、一兆の一兆倍近い膨大な数の原子からなることになる。
プランク定数 6.626 × 10^(-34) は、光子のもつエネルギーと振動数の比例関係をあらわす比例定数である。こちらは、10のマイナス34乗のオーダーなので、めちゃくちゃ小さい。
アボガドロ定数の「大きさ」とプランク定数の「小ささ」は、我々が日常的に目にする「マクロ」な世界と、物質の基本的な運動を規定している「ミクロ」な量子の世界とは、隔絶といっていいほどのスケールの差があることを示している。
ただ、ミクロの世界とマクロな世界は、全く切り離されているわけではない。時には、ミクロな量子の振る舞いが、日常的なレベルで観察できる、奇妙な振る舞いを引き起こすことがある。
例えば、液体ヘリウムは、超低温状態で超電導・超流動の性質を示す。このことは、バーディーン、クーパー、シュリーファーのBCS理論で、電子等のフェルミ粒子が、凝縮してボース粒子の性質を示す(一つの系で、複数の粒子が同一の状態を示す)ことで説明される。凝縮系物性論は、こうした物質の新しい相を研究する。
現在でも、超電導技術は、リニア新幹線や医療でのMRIのように広く利用され、また、量子コンピュータでも基本的な要素技術として利用される。凝縮系物性論は、テクノロジーを大きく変える可能性を持つ、チャレンジングな分野である。ただ、現在では、高温超電導のような現象を、理論的に説明することはできない。
凝縮系物性論のターゲットとする領域を、「量子多体系」と呼ぶことがある。多体系の量子論的状態を明らかにするためには、粒子の数Nに対応して、(状態の数)^N の複雑な方程式をヒルベルト空間上で解く必要がある。
量子力学の誕生期のターゲットは、陽子一個、電子一個の水素原子から始まったわけだが、それとは、全然複雑さが違う。
N=10^23 (1モル程度と言うこと)だとしても、状態の数がたとえ10だとしても、その複雑さは、10^(10^23)にもなる。宇宙の素粒子の数が、10^90程度だというから、これを解くのは事実上、不可能である。
ただある条件を満たす時(エントロピーの「エリア則」)、量子多体系の基底状態の解は、一般の巨大なヒルベルト空間の中ではなく、ごく限られた領域の中にあることが、明らかになる。また、これを計算する手法 Tensor Network も開発された。量子多体系の問題を攻略しようと言う時、Tensor Network を用いたアプローチは、とても強力らしい。
この辺りについては、昨年のマルレク「エントロピーと情報理論」https://goo.gl/zp4tVb で、簡単に紹介した。
最近、このTensor Networkの手法を、機械学習に応用しようと言う、とても面白い発表を見つけた。
スライドはこちら。"Machine Learning with Quantum-Inspired Tensor Networks" https://goo.gl/KN4ehA
論文は、こちら。"Supervised Learning with Quantum Inspired Tensor Networks" https://goo.gl/cf119n
サポート・ベクター・マシンのアルゴリズムをとてもエレガントに説明して、MNISTをTensor Networkの手法で解いて見せている! GitHubが公開されている。https://github.com/emstoudenmire/TNML
注意して欲しいのは、このアプローチは、量子コンピュータを用いて機械学習の問題を解くということではなく、"Quantum Inspired"、すなわち、量子力学の方法に「インスパイア」されて、機械学習の新しいアルゴリズムを考えようということ。
機械学習が物理学(量子情報理論)から、大きな刺激を受ける時代が始まっているのだと思う。(その逆もあるだろう)



 

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