紙と鉛筆持ってきて。消しゴムもあればいいかも。

物理学者のCarlo Rovelliの本が出ていた。
"Reality is Not What it Seems" 「現実は、そう見えるものではない」
そのまんまのタイトルだ。ミクロな量子やマクロな「時空」の世界には、我々の感覚やそれに基づいた直観は通用しない。
それが全くの別世界なら、その「ずれ」は気にしなくてもいいのだが。ただ、我々が目にする日常的現実は、最終的には、そうした「そう見えるものではない」原理にしたがって動いている。
「最終的にはそうだとしても、それは学問の世界の問題。日常的な我々の生活には、関係ないね。」
と言い切れたらいいのだが、そうではないことは、皆が持っているスマホを見ればわかる。
スマホの心臓部の半導体チップは、我々の直観に優しいニュートン力学にしたがって動作しているわけではない。それは、電子の量子論的振る舞いに基づいて設計・製造されている。
皆がよく使う地図アプリに利用されるGPSもそうだ。静止している時計と運動している時計では、時間の進み方が違うと言うアインシュタインの驚くべき発見は、GPSソフトでは当たり前の前提になっている。
IT技術は、我々の日常の生活とビジネスの世界を大きく変えた。それは、経済や社会的な関係性を、これからも大きく変えていくだろう。
ただ、IT技術を別の目で見ることもできる。
レーザー干渉計での重力波の検出も、cryo電子顕微鏡を使ったタンパク質の構造解析も、コンピュータなしでは実現できないことだ。紙と鉛筆で計算するしかなかったら、こうした「新しい感覚器官」のアイデアさえ生まれなかったろう。
IT技術は、我々に与えられた生物学的な感覚の延長では感ずることのできなかった自然の隠れた側面を、我々の感覚でも理解可能な形で露わにし、そればかりか、さらにそれを日常の生活に利用することを可能にしていくのだ。
直感に反するものを理解するには、数学の助けが必要だといってきたのだが、それはそうとして、現在の技術でうまく工夫すれば、量子論の不思議な世界を、わかりやすい目に見える形で示せるのかもしれない。
そう思っていたら、最近、面白いものを見つけた。これ欲しい。お金がないのを忘れて、一瞬、ポチりかけた。(個人で買うには、高いんだな。)
「量子消しゴム実習キット」 https://goo.gl/hr3Wfk


「量子スケールの現象がしばしば直感に反するということがはっきりと分かります。」というのが、このキットのウリなのだが、むしろこのキットで、「直感に反する量子スケールの現象を、直感でわかるように示すことができます。」といったほうがいいと思う。
こうした実験が簡単にできるようになったのは、コヒーレントな光を発するレーザー発光素子を誰でも手に入れることが出来るるようになったから。ITだけではなく、物性科学の進化も著しいのだ。それらは、自然を理解する手段が、どんどん進化していくことも意味している。科学の「教え方」だって変わっていい。
説明を読むと、難しそうだけど、視覚的にはショッキングで手品のような実験だ。これいいなと思う。高校生に、是非、見せたい。
ひるがえって考えれば、「直観だけには頼れない --> 数学的認識を」というのは、教育的アプローチとしては、少し狭いのかもしれない。
あたらしい技術を活用して、全ての人に、直観的にわかる形で、ミクロな世界や相対論の不思議な現象を体験してもらうのが、これからの教育の課題として必要なのだと思う。
「消しゴムキット」買えないので、当面は、紙と鉛筆で頑張ります。消しゴムも、あったほうがいいのかも。

コメント

このブログの人気の投稿

マルレク・ネット「エントロピーと情報理論」公開しました。

初めにことばありき

人間は、善と悪との重ね合わせというモデルの失敗について